鹿沼の隅っちょから

鹿沼の隅っちょから

「鹿沼」でググった時に1ページ目に表示される事を目指していたのにラムネさんのことばかり書いてます

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインⅫ フィフス・スクワッド・ジャム<中> 時雨沢恵一

毎回思うのですがタイトル長いよタイトル。そして毎回書いてますがこのシリーズに飽きが生じております。それでも購入してしまう、そして読んでしまう、そして続編をかってしまう、なんだ俺このシリーズ好きなんじゃん、って毎回思ってます。

dengekibunko.jp

間髪入れず開催された第五回スクワッド・ジャム。1億クレジットという大金がかかった賞金首にされてしまったレンは、SHINCとの共闘による王座奪還を誓うのだが――特殊ルールにより、チーム全員バラバラの地点に放り出されてしまう……。

濃霧のなか、SJ4でZEMALを優勝に導いた謎のプレイヤー・ビービーと偶然出会ったレンは、一時的に手を組み死戦をくぐり抜ける。
好敵手のボスやデヴィッドも加わり、どうにか陣形を整えたレン達の前にビービーのチームメイトを容赦なく撃ち殺すグレネード・ランチャー使い=フカ次郎が現れ……。

レンは無事仲間と合流し、SJ5優勝へ導くことができるのか?

例によってピンチになって例によって解決して予定調和過ぎるけどまあ楽しいわなぁ、なんて思ってたらラストに死なないだろう人が死んでこれは新しい展開か?なんて思ったら特別ルールが適用されてああやっぱりいつもと同じパターンになるのね、とガッカリしたような安心安全の予定調和モードに入ったことに安堵したような。

良くも悪くも終始一貫して同じことを手を変え品を変えやってるだけのシリーズ、だけどそこに面白さは絶対に存在してる訳で、それがおそらくなんだかんだ文句を言いながらも買い続けている理由なんだろうな、とまたまた再々確認する作業をしてるだけなんじゃね?俺。

こういう存在も有りだな。

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』はきらら系だけど楽曲のパワーで作品ごと押し上げられた良作

いろいろ言われてますが絵柄的にも物語的にもすべてにおいてまごうことなくきらら系作品なのですが、使われてる楽曲のパワーでなんか違うと思わせてるんですよこれ。んでそれって俺騙されてね?と思ったのですが、よくよく考えたらそこまで思わせる楽曲が凄い訳でして、総合的に作品としてもやっぱすげぇんじゃね?となってます。

https://cs1.animestore.docomo.ne.jp/anime_kv/img/25/80/6/25806_1_1.png?1663664406946

bocchi.rocks

"ぼっちちゃん" こと後藤ひとりは会話の頭に必ず「あっ」って付けてしまう極度の人見知りで陰キャな少女。
そんな自分でも輝けそうなバンド活動に憧れギターを始めるも友達がいないため、
一人で毎日6時間ギターを弾く中学生時代を過ごすことに。
上手くなったギターの演奏動画を "ギターヒーロー" としてネットに投稿したり文化祭ライブで活躍したりする妄想なんかをしていると、
気づいたときにはバンドメンバーを見つけるどころか友達が一人も出来ないまま高校生になっていた……!
ひきこもり一歩手前の彼女だったがある日 "結束バンド" でドラムをやっている伊地知虹夏に声をかけられたことで、
そんな日常がほんの少しずつ変わっていく――

youtu.be

果たしてこの感想が正しいのか分かりません。分かりませんが、私はこの「ぼっち・ざ・ろっく!」を毎週楽しみにしていたし楽しかったしアルバムを購入するぐらい嵌まり込んだことは間違いなく事実なのです。だからきっと正しいんです。

今期NO.1の覇権アニメはこの「ぼっち・ざ・ろっく!」であると。

アルバムを聞くとね、勘違いするんですよ、演奏してるのは彼女達だと。実際は全然違うプロの方が正し、何ならボーカルだってその役を演じた声優さんな訳で。でも、作品を見た後だとね、ギターソロの度にピンクのジャージを着た主人公がうつむき加減で引いてる絵が思い浮かんでしまうんです。これ、正しいんですかね。分かりません。楽曲のパワーとか言ってますが、彼女たちが演奏してると思ってるから良く聞こえてるだけかもしれませんしね。

だから思うんですよ、果たしてこの感想が正しいのだろうか、って。

 

車の中で彼女たちの曲を聞きながら、ああ、やっぱり俺はこの作品が好きなんだなぁ、と再確認しております。

このEDを聞いたときに打ち抜かれたのよね。KANA-BOONの人と聞いて納得。

youtu.be

あと最終話で流れた曲が物凄い心に響いたのだけれども何か聞いたことあるなぁと思ったらASIAN KUNG-FU GENERATIONのカバーだった。調べたら俺のiTunesに入ってた。

youtu.be

そして今更主人公の名前が後藤って事に気が付いた。遅いよ俺。

老いと記憶 増本康平

ここ何年か自分の記憶力に自信が無くなってしまう様な事例が多々発生しております。年齢的にはまだ50歳手前なので認知症では無いと思っているのですが、どうにもこうにも覚えが悪く、思い出せない、言葉が出ない、今見たものが覚えられない等々、何か私の脳が壊れてしまったのではないか?と恐怖を感じるほどの状況になっております。そんな時に何となく見つけたこの一冊、読んでみたら違う方向から気持ちが楽になりました。読んで良かったわ。

www.chuko.co.jp

加齢によって、記憶は衰える――。

それが一般的なイメージだろう。だが、人間のメカニズムはもっと複雑だ。本書は、高齢者心理学の立場から、若年者と高齢者の記憶の違いや、認知能力の変化など、老化の実態を解説。気分や運動、コミュニケーションなどが記憶に与える影響にも触れ、人間の生涯で記憶が持つ意味をも問う。

加齢をネガティブに捉えず、老いを前向きに受け入れるヒントも見えてくる。

目次の前に書いてある「はじめに」の項目を読んだ段階でもう心が軽くなったぐらい、今の私が読むべき本に出会えた!と感動しました。冒頭に書いてある

神よ、

変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては。それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

識別する知恵を与えたまえ。

この言葉だけでも心が抉られたもの。凄くない?アメリカの神学者ニーバーの言葉とのことですが、いやぁ凄い。俺キリスト教舐めてたわ。

そして「人の名前が覚えられない」ことと「火の元の消し忘れが心配」であることは対処の仕方が異なるとかも衝撃でした。よくよく考えると全く違う事象なんですよね。

そもそも、老いと記憶の関係を脳機能からでは無く心理学からアプローチしてるだけでも価値がある、と私は思いました。

 

私がこの本を読んで一番安心したのは、認知症を確実に防ぐ方法は今のところないことと、高齢期における生き方の指針を見出せたことです。

認知症を防ぐ方法があるならば時間とお金を掛けてでも実行せざるを得ませんが、無いと分かれば逆に気持ちが楽になりました。

年老いたときにどうやって生きていくのかが全く見えてなかったのですが、この本である程度想像することが出来ました。

私は今年で49歳になります。人生折り返しどころかとうの昔にファイナルカウントダウンが始まっております。日本人男性の平均寿命は81歳です。普通に生きていても、私はあと30年で終わります。70歳から高齢期だとするならば、思い通りに活動できる年数はあと20年しかありません。たった20年。私に残された時間はたった20年です。

両親も健在ですし子供もまだ学生ですし背負ってるものは決して軽くはありません。でも、私もあと20年で活動限界を迎えるのならば、もっと自分のために生きてもいいっすよね?そう考えたら心が本当に驚くほど軽くなったんですよ。

 

仕事でもプライベートでも責任感が邪魔をします。しかし、私はこの本に出会えて、もうテキトーに生きていこう、そう思うことが出来るようになりました。もしかすると作者の趣旨と若干ズレてるかもしれませんが、私の心を軽くしてくれた素晴らしい本でした。ありがとうございまいた増本先生。