鹿沼の隅っちょから

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声の大きい古参マニアは害悪でしかない

私は、正確には声の大きいマニアに沿った展開をするとジャンルが衰退する論者です。

tablo.jp

マニアが嫌う新規参入者が増えない限りそのジャンルは右肩下がりになるんです。それは当たり前のことなんです。

勿論排除したくなる気持ちもわかるんです、何も知らない薄っぺらい知識で語ってるのを見るとマウント取ってボコボコに殴りたくなる気持ちは。

しかし、古参マニアは害悪でしかない存在になってしまうのです。そのジャンルを愛して育てた存在なのに。それは仕方がない事なんです。

せめて、その愛したジャンルの邪魔にならないよう、隅っこで細々と歴史を編纂し語り継いでいく作業をしていればいいと思います。

 

たとえばSFですが、古典作品を読んでないと語ってはいけない空気がとんでもないジャンルです。

これをゲームに当てはめたらどうです?スペースインベーダーをプレイしていない奴に語る資格がないとか言われたらたまったもんじゃないですよね、しかも筐体じゃないきゃダメだ派とか当時触れてないとダメだ派とかも居たりするわけです。

そんな敷居の高いジャンル、右肩下がりで縮小していくに決まってます。

 

ゲームの歴史はスペックの歴史と言ってもいい、そんな時代もありました。

良くなるグラフィック、鮮やかな音楽、2Dから3Dへ。

しかし、それはあくまでサブ的な要素であり、表現の幅が広がっただけのことなんです。

ゲームの本質である「楽しい」はそんなの軽く凌駕していくんです。

そのことはみんな知ってる筈なんですよね、LSIテトリスが流行ったのを体験してるんだから。

 

ハイスペックゲームはパソコンで展開していけばいい。

ゲームの本質的な面白さを追求するなら、ニンテンドースイッチで充分なんですよね。って実はスイッチもかなりの高性能なんですが。私が必死にプレイしてクリアした「Celeste(セレステ)」はどう見てもドット絵で、グラフィックも音楽も昔ながらの基準です、でも面白い、当たり前です、面白さにそんなの関係ないもの。

そしてそういったゲームがどこでもできる利点は大きいです。別にお外でやるだけじゃなくて、布団の中とかテレビを見ながらとか。

 

しかし、ゲームマニアの一部は声を上げます。グラフィックがしょぼいと。

しかもこういった人たちはなぜかパソコンではなくPS4しか持ってない人に多い傾向なんですよね。

MZシリーズでテープから起動してポートピア連続殺人事件をプレイしていた古参マニアの私が断言しますが、お前らマニアの資格さえねーよ、と。

本当のマニアならPS4だけじゃなくてスイッチもXBOXもパソコンも全部所有してから発言しろや!と言いたい。インベーダーやドンキーコングディグダグゼビウスあたりを当時のゲーセンでプレイしてないやつは語るなと言いたい。ハングオンの衝撃やダライアスのケツに響く重低音を知らないくせに何語ってるの?と思ってします。

 

でも言いません。彼らがわーわー言ってるのを温かい目で見てるだけなのがゲームというジャンルのためになるのなら。間違えてても指摘しない方がいい気さえしてます。

その代わり、その歴史をちゃんと残しておいた方がいいと思うんですよね。

ゼビウス作った遠藤さんがいろいろやってるようなので心配してませんけどね。