鹿沼の隅っちょから

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悲しくてやりきれなくてやりきれない

何のきっかけか忘れてしまいましたが、今コトリンゴ「悲しくてやりきれない」を聞きながらタイピングしているtoriidです。

なんで聞いてしまったのだろうか?映画を見て大分経ったからって油断していたのか?

最初っから涙腺が緩んでるのを感じていたんですよ、映画「この世界の片隅に」の冒頭シーンを思い出してしまって。

主人公が戦前の広島市中島町を歩いているシーンなのですが、別に何があるわけではない普通のシーンなのです。この曲に合わせてタイトルが出てくるのですが、2回目以降、このシーンで必ず勝手に涙が溢れてきて困るんです。子供と行った4回目なんか歯を食いしばって我慢したのに嗚咽が漏れてしまいましたよ。

みんな知ってるんですよ、私も知ってる筈なんですよ、なのに、忘れていたんですよ。

広島市にある平和公園、あそこ爆心地付近なんですよ、あそこが中島町なんですよ。

1回目見に行った後に調べて分かりました、そして2回目、当たり前だけど、そこに人が住んでいて暮らしていて生活して子供が遊んでいてお母さんがご飯を作っていてお父さんが出勤して、そんな普通の生活をしている人の上に、原爆は落とされたんですよ。

なんでだろう?毎回見るたびに考えてしまうんです、なんでこんな事が起きてしまったのだろうって。

ただ、どんな理由だろうが解決策があったのだろうが、そんな普通の人たちに原爆が落ちたのは事実な訳で、生まれてしまったこの胸の苦しさは消えないし消しちゃいけないし、そもそも知識として知っていたのに俺はまっくた理解していなかったことに衝撃を受けました。

そんな感情がこの曲を聴くと、とっても優しい曲調なのに、鉄の棍棒で後頭部を何回もぶっ叩かれるんです、今頃気が付いたのか!って。

公園に行くとたまにある慰霊碑。鹿沼にも、たとえば御殿山球場の奥にあります。

そして、旧粟野町のとある公園にも、あえて知ってないと行かないような場所にあります。

そこに、地元でも非常に珍しい苗字である私と同じ苗字の人が刻まれておりました。

知ってたのに、想像できたのに、見つけた瞬間、涙が止まらなくて、この歳になって、しかも映画「この世界の片隅に」を見なかったらそんな気持ちにさえならなかった自分に対して、非常に不甲斐なくて、本当にごめんなさいって感情が相まって、さらに泣いてしまいました。

戦争は大昔?違います、日本史や世界史から見れば本当に最近の話なんです。

 

戦争反対とか軍隊がどうとか話し合いとか核装備とか、いろいろな考えの人がいますが、全員あの悲劇は繰り返しちゃいけないと思ってるんです、根本は一緒なんです、ただ理想主義すぎたり知識が足らなかったりで齟齬が発生してるだけなんです。

その証拠に、映画「この世界の片隅に」は右だの左だの関係なくほぼ総じて絶賛されています。

来週にもBDが発売されます。ぜひ見てください。本当は映画館で見てほしかったのですが、仕方がありません、テレビで伝わるのかわかりませんが、興味を持たれましたら是非。

ちなみに私、最初に号泣したあと落ち着きますが、戦争が色濃くなってくるシーンから涙目のままで、最後のシーンで号泣、スタッフロールで号泣、終わった後思い出して号泣と泣いてばかりでした。